海軍編

日本海軍電探開発史 本文01

日本海軍レーダー解説 
レーダーの用語について
レーダーである電波兵器においても、困ったことに海軍と陸軍では使用用語が異なっている。
まず、海軍ではレーダーのことを「電波探信儀」と称する。
略称は電探である。
レーダー電波を探知する装置を「電波探知機」と称する。
なお、陸軍では、早期警戒レーダーを「電波警戒機」、射撃管制を「標定機」と称し、レーダー探知を「逆探」と称している。
電波探信儀呼称区分について
呼称区分は以下のとおりである。
(1)式:英語ではType
制式採用の皇紀の下2桁の年数。
(2)号:英語ではMark
1号:陸上装備見張用
2号:艦上装備見張用
3号:艦船装備対水上射撃用
4号:陸上装備対空射撃用
5号:平面図形的指示器(PPI)付きのもの
6号:陸上装備航空機誘導用
(3)型:英語ではModel
型式。形状や形態による。
(4)改:英語ではModification
改良の回数。
例えば、「2式2号1型改2:英語では Type 2 Mark 2 Model 1 Modification 2」だと、皇紀2602年制式、艦上見張用電探、1型、2回の改良を施したものを意味することとなる。
備考:
①用途によって号別が定められ、同一用途のものでは開発順に一型、二型などと型番が付与され、俗称として号別型番を合わせて一一号、二二号などと呼ばれた。
正式呼称のほか略称名(俗称・通称)として「2式2号1型改2」であれば、「21号」と称している。
②改造の場合は、段階に応じて更に改一、改二などと付加して呼称された。
③このほかに航空機搭載用のものがあり、秘匿上「空六号無線電信機」とし、兵器採用時の年号により型式番号を付与し、「三式空六号無線電信機四型改二」などと呼称することに正式になっていたが、戦争中各種電波兵器が続出したので、その命名法は混乱し必ずしもこれに依らなかった。
このたび、海軍のレーダーを網羅的・体系的に整理するこことした。
このため、「Reports of the U.S. Naval Technical Mission to Japan, 1945-1946 米海軍対日技術調査団報告書」をベース資料として、更に対比・補強資料として「日本無線史第十巻」など日本側の資料と合わせて整理する。
まず、戦後日本無線史で整理された海軍に於いて研究或は実用された電波兵器の一覧表を示す。
海軍に於いて研究或は実用された電波兵器

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NHK戦争証言アーカイブス 電探訓練
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日本海軍レーダーの概要
[a1]  Reports of the U.S. Naval Technical Mission to Japan, 1945-1946 米海軍対日技術調査団報告書
概要
エレクトロニクスターゲット
日本の潜水艦と艦船搭載レーダー
日本の艦船で使用されているレーダーは、すべて従来型の設計と平凡な構造である。
2号2型(Mark 2 Model 2)レーダーで使用されているユニークな二重化システム以外は、生産モデルまたは実験的な高性能部品または構造物はみあたらなかった。
終戦時には、対空見張用電波探信儀の3式1号3型3(Type 3 Mark 1 Model 3)と2式2号1型(Type 2 Mark 2 Model 1)、対水上見張用電波探信儀の2号2型(Mark 2 Model 2)の3つのレーダーモデルのみが使用された。
この中で、射撃管制レーダーとしては使用されたレーダーはなかった。
2号2型(Mark 2 Model 2)レーダーの改良版が射撃管制と対水上見張用に使用されたが、一般的には不十分な結果であった。
上記のレーダーと、レーダー開発の歴史、設置方法、手順と問題点、保守技術と操作手順が記載されている。
テスト段階で、2号2型(Mark 2 Model 2)レーダーの代替品として使用されるいくつかの新しい機器について説明する。
はじめに
この報告書は、終戦時に日本海軍船舶に搭載されたレーダー装置の開発状況と、運用手順と保守手順がどの程度発展したかを概説するものである。
操作と設置のデータは、呉と横須賀海軍工廠の海軍工廠エンジニアへの尋問と、呉海軍基地の潜水艦、駆逐艦、空母の尋問から得られたものである。
技術データは主に、第二海軍技術廠(TOKYO)から入手し、設備の設計と製造に関わるエンジニアの尋問により得られたものである。
報告書に記載されている機器に関する文書は、ワシントンの文書センターで入手できる。

第Ⅰ部
艦船用レーダー装置の開発と製造
A.歴史
尋問から日本で電波検知装置として入手できる最初の情報は、フランスのノルマンディ(NORMANDIR)に設置された超短波氷山検出装置の報告に基づいており、日本の技術者によってニューヨーク港で情報を入手した。
次の情報は、レーダーの原則を記述したドイツの報告書の形で1941年に早く入手されたが、製造の詳細はなかった。
この報告書は、同年の4月に日本のレーダー研究の始まりとなった。
最初の機器の設計は1942年に完了した。
B.実際の研究と生産の配分方法
研究開発と生産体制配分方法の組織機構は、日本艦隊の電子機器で一貫して存在する問題の多くが、そのような組織体制が直接的な原因であると考えられていると言われている。
1945年1月まで、完全な一貫した機器ベースではなく、コンポーネントベースで研究と生産が行われた。
研究グループとユニットの製造に割り当てられた会社には、機器の他のコンポーネントの設計と製造についての情報はほとんどなく、後でその機器がどの分野でどのように使用されるかについての情報は知られていなかった。
この事実と、研究および生産担当者に機能不足を知らせるフィードバック体制が不十分であることと相まって、改善プロジェクトも非常に貧弱なものとなってしまった。
1945年1月に第二海軍技術廠を組織し、すべての研究活動を1つの首尾一貫としてまとめることは、この状態を正すための明白な試みであった。

第Ⅱ部
機器の設置
A. 実用化された型式
船上レーダー設置図
備考
1. センチ波レーダー電波探知機を持たない海防艦がいくつかある。
2. いくつかの一級の輸送船には、3式1号3型(Type 3 Mark 1 Model 3)レーダーを搭載している。
B. 設備の整備
WDC(NavTechJap Document No.ND21-6276)に提出された艦上設置マニュアルには、終戦時に使用されている艦船レーダー装備および電波探知機の設置ノートと相互接続配線図が記載されている。
降伏時点でも、電子妨害装置は艦船に設置されていなかった。
敗戦直前に行われた艦船レーダーの設置作業の大部分は、前任のレーダーマテリアルオフィサー(radar material officer)である大野(OHNO)司令官(direction of Commander)の指揮の下、呉海軍工廠で行われた。
彼を介して、以下に説明する設備を調査したが、それは、彼らが最も完璧な設置作業を代表していた人材だからである。
最短の距離でアンテナ動作することと、電子機器を収容するのに十分な容積の区画を選定する必要があるが、これら各装置は通常、充分な区画を占有していた。
可能な限り最適なダメージコントロールを行うために、重複機器の分散が行われている。
この実例は、2つの対空見張用レーダーが艦橋塔の構造物に設置されているが、可能な限り分離され、空母葛城(CV KATSURAGE)において記載されており、フライトデッキの右舷中央に位置する格納プラットフォームに第3目の対空見張用レーダーを設置していた。
区画内の機器の実際の配置は、設置を行う海軍工廠の裁量に大きく委ねられていた。
その結果、ほとんど標準化が行われなかった。
明らかに、整備の容易さや使用される操作方法のいずれかに配慮された計画にはほとんど考えられなかった。
図1は、標準的な2号2型改4(Mark 2 Model 2 Modification 4)の射撃管制と対水上見張用レーダーの設置に関する問題点を示している。
葛城におけるこのような配置は、2人の操作員による同時に探信距離(ranges)と方位角測定(bearings)の操作上の運用に問題を生じさせた。
複雑なコントロールを調整しているレーダーオペレーターの業務をほとんど困難にさせた。
満杯の運転スペースでの送信機と整流器の設置位置では、通常、換気システムが不十分のため処理できるよりも大きな放熱をもたらしたことになる。
この問題の対処についは、連続的な運転操作を避けることによってしかなかった。
日本の艦船のレーダーコンパートメントにはプロット施設(レーダーによる目標情報をプロットするためのクリアボード)は見られなかった。
別添(A)に収録されている写真および索引スケッチ(index sketch)は、「照月」クラスの駆逐艦の前方対空見張用レーダーコンパートメントと射撃管制及び対水上見張用レーダーコンパートメントの配置と設備を示している。
別添(B)(C)、(D)には、2号2型改4(Mark 2 Model 2 Modification 4)、2式2号1型改2(Type 2 Mark 2 Model 1 Modification 2)、及び空母葛城(CV Katsurage)に設置された2組の3式1号3型(Type 3 Mark 1 Model 3)レーダーの写真と索引スケッチが含まれる。
スケッチは、これらの区画の一般的な配置を示している。
電波探知機はレーダーと同じ区画に設置され、通常は運用中に連続的に人が常駐していたため、通常はある程度の好みの位置に設置されていた。
C.電源供給とケーブル
10センチメートルの対水上見張用および射撃管制装置は、特殊な電動交流発電機で作動する。
射撃管制装置の場合、このユニットからの出力は、非常に安定した電源を生成する電圧安定器に供給された。
終戦時に健在で最も現代的な戦闘船のひとつであった空母葛城(CV KATSURAGI)は、主発電機からの直流電流のみを生成し、すべてのレーダー機器は個々の電動交流発電機から作動させた。
電動交流発電機は通常、主電源配電盤に接続されていた。
相互接続配線は一般的に貧弱で、図2に示すような接続は珍しくなかった。
使用されたケーブルのほとんどは外装を施されていましたが、多くの場合、ケーブルは腐食に対して保護されずにデッキとバルクヘッドを通過することが許されていた。
ケーブルシールドのボンディングはほとんど行われておらず、多くの場合、元の設置の一部としてではなく、装置からトラブルを取り除くために行われていた。
多くの場合、ケーブルクランプを容易にするために隔壁に木材を使用していた。
D  耐震マウント
耐震マウントは、送信機や指示装置などの最も重要な区画でのみ使用され、残りのユニットは木製のテーブルにボルトで固定されているか、デッキに溶接されたブラケットに取り付けられていた。
使用されたマウントは一般的に標準的なロードマウントと同様に設置された。
 図3は、受信機(3)と電圧コントローラ(4)が木製のプラットフォームとデッキに直接ボルト止めされた耐震マウントの2号2型改4(Mark 2 Model 2 Modification 4)送信機(1)を示している。
真空管にはかなりのトラブルがあったが、その原因は、発砲の衝撃よりもむしろ生産の不均一性の結果であると言われている。
E 高周波伝送線(.R.F伝送ライナー)およびアンテナ
10センチメートル波装置のための75ミリメートルの円形導波管の設置は、標準的なフランジ接続を使用して従来の方法で行われていた。
ライン内の水分にはほとんど問題はなく、亜鉛めっきはうまく処理されていると日本側は主張していたが、駆逐艦から取り外された1回の検査でめっきが悪い状態であることが判明した。
単純な2本の平行線は、全ての対水見張用レーダーを設置するために艦船上部で使用された。
同軸ケーブル線は、潜水艦の設置に用いられた。
図4は、3式1号3型(Type 3Mark 1 Model 3)装置の二重化の標準的な設置方法を示している。
様々なタイプの柔軟性および剛性の同軸線が相互接続配線および潜水艦設備に使用されていた。
これらのラインの仕様および構成に関する詳細は、NavTechJap Report、 "日本の高周波伝送ライン、導波管、導波管継手、および誘電材料"、索引番号E-20から入手できる。
図5と図6は、照月(TERUTSUKI)クラス駆逐艦の2号2型改4(Mark 2 Model 2 Modification 4)と3式1号3型(Type 3 Mark 1 Model 3)アンテナの標準的な設置を示している。
写真は艦橋の前端から、そしてスタックのちょうど舳先ら取ったものである。
示されているホーン型アンテナ(図5参照)は、射撃管制装置に使用される拡大版である。
アンテナの台座(antenna pedestal)の右側にある小さなボックスには、アンテナ制御セルシンが収容されている。
図6の前マストのすぐ前方に示された3式1号3型(Type 3 Mark 1 Model 3)アンテナは、典型的な対空見張用アンテナの設備である。
このタイプのアンテナは、通常、設置を行う海軍工廠によって構築され、機械的構造にわずかな変化が認められた。
このタイプの第2の対空見張用アンテナは、このクラスの駆逐艦のメインマストに設置され、その間にマストの真下の無線送信機室に装置が設置された。
図7に、このアンテナの設置を示す。
改3(メーター波)逆探受信機アンテナは、通常、桁端(yardarm)に固定された無指向性メトックス(metox)アンテナと、対空見張用アンテナのすぐ上にある小さなプラットフォームに取り付けられた指向性ラケット型アンテナとが設置された。
図8は、航空母艦の典型的な設置を示している。
この場合、2組のメトックスとラケットアンテナを見ることができ、1つはアイランド構造に設置された各対空見張用レーダーに対して設定される。
3型(Model 3)(センチメートル波)の電波探知機は、手持ちのパラボラアンテナを利用しており、固定設置は潜水艦でのみ行われたようである。
※メトックスとは電波探知機のこと
図9は、潜水艦のための最新のアンテナ配置であると日本側が主張しているものを示している。
シングルホーン2号2型改3(Mark 2 Model 2 Modification 3)アンテナは図示されていないが、艦橋塔のすぐ前方に取り付けられている。
この装置の導波管のウォーターシールは、回転ジョイントの真下に挿入されたラバーシールと、圧力容器から約2メートル離れたレーダーコンパートメントに設置された安全なゲートバルブから構成されていた。
単一の無指向性ダイポール(1)は、無線送信のためにも、3式1号3型(Type 3Mark 1 Model 3)レーダーのための送信アンテナとしても使用された。
同軸接続とスイッチングに関する詳細は、艦船施工手順書(NavTechJap文書番号ND21-6276)に記載されている。
対空見張用受信アンテナとして八木(YAGI)アンテナ(5)を用いた。
コンビネーションラケットアンテナ(3)とパラボラアンテナ(4)は、電波探知機アンテナ設備の最新のものであると日本側が主張しており、このタイプの最初の唯一のものが終戦時に完成していた。
固定ラケットアンテナ(6)は、艦橋塔の両側に取り付けられ、いくつかの場合には、耐水性をもたせるために、ゴムまたは布のインサートの後ろの艦橋塔の内側に取付けられた。
小型円筒アンテナ(1)は、水中受信用の超長波受信機に使用される新しいタイプである。
無指向性メトックスアンテナは、図9の(2)として識別される。
すべての指向性レーダーアンテナとラケット型の電波探知機アンテナは、機械的制御システムを有していた。
機械式システムに加えて、10センチの射撃管制装置には、セルシン制御付きの電動モーター駆動があった。
対空見張用装置の中には、シンプルなモータードライブもあった。

第Ⅲ部
艦隊の維持管理
A. メンテナンス担当者
駆逐艦サイズ以上のすべての戦闘艦には、通常電気工学の学卒者であって、特別なレーダー訓練を受けたことがあるか少なくとも1名の電子技術責任者がいた。
同様の資格を持つ士官も、より大きな潜水艦に割り当てられた。
装置のメンテナンスでは、この士官は、レーダー、無線、またはソナーのいずれかに特化した一般的な電子コースを修得した後、数多くの技術兵を指導した。
代表例として考えれる駆逐艦「花月」(DD HANAZUKI)の技術兵数は、レーダー専門家3人、無線専門家2人、ソナー専門家2人で構成されていた。
B メンテナンス手順
すべてのメンテナンス記録は降伏した日に日本側によって焼却され、ほとんどデータが入手できなかった。
メンテナンスログは通常は保持されていたが、日常的な予防メンテナンスプログラムの効果はほとんどなかったと述べられている。
2号2型(Mark 2 Model 2)の機器は、故障頻度が少ないと想定していた。
しかし、それが必要とされた時間の80%を満足に動作させるように維持することはかなりの困難があった。
3式1号3型(Type 3Mark 1 Model 3)の装置は、この装置が必要とされた時間の平均95%で満足に動作すると述べられている。
2号1型改2(Mark 2 Model 1 Modification 2)対空見張用装置はほとんど問題を起こさなかったが、200メガサイクルでは、プリアンプの受信感度を低下させるエーコン型真空管の採用により、その動作は満足のいくものであるとは決して考えられなかった。
3型(Model 3)および改3(Modification 3)電波探知機は、通常の真空管の故障を除いてほとんど問題を起こさないと言われていた。
故障の大部分は真空管と抵抗器によるものであった。
同じ抵抗器が絶えず故障しているが、設置された機器や同じモデルの後の生産で設計や定格を変更することについて何も対処しなかったようである。
真空管の平均余命には大きな変動があり、それが大きな問題の原因であった。

第Ⅳ部
稼働実績と実績データ
A. 「照月」級駆逐艦に採用された操作手順
2号2型改4(Mark 2 Model 2 Modification 4)射撃管制および対水上見張用レーダーは、2名のオペレーターによって操作された。
一方は、主要な指示器の距離測定を読み取りに使用し、もう1名は小型オシロスコープで最大感度法により方位角(bearings)を読み取った。
電波探知機と電話機を操作するために、さらに4人の要員と1人の技術レーダー士官がコンパートメント内にいた。
図1および別添(enclosure)(A)には、この装置の配置が示されている。
この装置は、戦闘が間近に迫っている時や、視界が非常に悪い時にのみ作動させた。
それは、その最小範囲が約1500メートルだったので、レーダー設備の保守にほとんど使用されなかった。
駆逐艦の装備の主な機能は、15秒ごとの砲撃計画に目標範囲を与えることであった。
レーダーによる方位角測定は、目視での方位角測定が得られなかった場合にのみ使用された。
目標距離と方位角の両方の情報のセルシン(Selsyn)伝達は、砲撃プロットと個々の艦載砲のマウントに利用可能でした。
目標距離と方位角は、艦橋のチーフレーダー士官も報告されていた。
この士官は、通常、受け取ったデータから大まかなプロットを維持し、艦長に予測したレーダー情報を提供した。
レーダー・ベアリング・オペレーター(radar bearing operator).の前に位置するポインター・インジケーター(pointer indicator)に艦橋から電気的に目標物を指定できるような設備が利用可能であった。
これは戦闘情報センターの使用に言及された最新のアプローチでした。
伝声管とバッテリー駆動の携帯電話は、レーダーコンパートメント、艦橋と砲撃プロットの間で利用できた。
これらのうち、伝声管はコミュニケーションの主要手段と考えられていた。
射撃管制と対空見張用レーダーコンパートメントの間の唯一の通信手段は、別添(A)に示されている小さな昇降口(scuttle)でした。
図10に、ジャイロリピータ(gyro repeater)の左側に設置されているアンテナを示す。伝声管と電話機は、距離測定用表示器すぐ上にある。
艦橋から制御されたポインタを備えたバーニヤベアリングインジケータが、インジケータの右側に並んで取り付けられていた。
このタイプの装置の探信測定誤差と方位角測定誤差で得られる最大と信頼できる範囲の表を表1に示す。
対空見張用レーダーの操作は、射撃管制用レーダーと同様に扱われた。
3式1号3型(Type 3Mark 1 Model 3)の装置は、電波探知機および電話機のために3名の追加の要員を有する2名のオペレータを必要とした。
レーダー技術責任者は、戦術的状況に応じて、対水上見張用装置または対空見張用装置のいずれかを支援する。
図Ⅱと別添(A)は、機器の典型的な配置を示している。
バルクヘッドにある方位角表示ダイヤルと図Ⅱに機械的アンテナ制御システムを示す。
両方の対空見張用装置は、急襲の間に操作されたが、2つの情報源を相関させる明確なシステムは有効ではなかったようだ。
両方の機器は、砲弾プロット、艦橋、艦載砲への情報提供を、伝声管や電話で行った。
レーダーは短期間だけ操作されていたが、電波探知機は危険区域にいるときに連続して人員を配置され、成果があったと信じられている。
単機の対空見張用レーダーの探知は、平均距離は50kmと日本側は主張していた。

第Ⅴ部
機器に関する技術データ
A .一般
表Ⅱには、戦時中に使用されているレーダー装備の種類とその特性、開発中の装備が記載されている。
この報告書では、艦隊が使用しているレーダーのみを議論し、他の機器のデータの実験レーダーに関する報告を参照している。
(NavTechJap Report、 "日本実験レーダー"、索引番号E-12)
戦時中に日本海軍が使用しているすべての装備は、米海軍の基準によって満足していないものとみなされる可能性がある。
使用されている唯一のスコープ表示は、線形および正弦波スイープを備えた標準的な "A"スキャンでした。
読取り範囲の方法は、機械的目盛から位相調整器および電子距離マーカーまで様々であった。
3式1号3型(Type 3Mark 1 Model 3)(13)および2式2号1型(Type 2 Mark 2 Model 1 )(21)の機器は、使用されている唯一の対空見張用レーダーであった。
2式2号2型(Type2Mark 2 Model 2 )の10センチメートルの機器は、降伏時までに2つの修正を加えていた。
改3レーダーは、対地上見張のために潜水艦に設置された。
対水上見張のための改417と、対水上見張と射撃管制管理のための改4が艦上に設置された。
表Ⅲには、終戦時に使用中で開発中のすべてのRCM装備がリストされている。
メーター波(E27)とセンチメーター波(3型)受信機の両方が事実上全ての戦闘艦に設置されていた。
電子妨害装置は設置されていなかったし、海軍艦船での開発計画もなかった。
※RCMとは「radar countermeasures」レーダー妨害のこと

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参考資料 空母葛城
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D.電波探知機(Radar Countermeasures Equipment)
表Ⅲに、2つの電波探知機とそのアンテナの特性を示す。
3型(Model 3)受信機の配線図と説明書は、NavTechJap文書番号NDD22-3007に含まれている。
改3(Modification 3)(E27)受信機の配線図は、NavTechJap Document No. NDD21-6154に含まれている。
使用されるアンテナ設計に関する追加情報は、NavTechJapレポート、「日本のアンテナ」、索引番号E-16に記載されている。
これらの機器のサンプルが収集され、動作データはNavTechJap Report、Index No. E-28から入手できる。

日本海軍航空機搭載レーダー
日本海軍では、詳細な研究を行うには十分な関心のある航空機搭載レーダーを3機種しか持っていなかった。
これらは51号で10センチメートルのパスファインダーレーダー、500McのFD-2夜間戦闘機セット、そして150Mcの玉3(Gyuku-3)夜間戦闘機セットであった。
これらの機種はいずれも生産されておらず、実用化されている標準セットは、150Mcの三式空六号無線電信機四型(Type 3, Air Mark 6, Model 4)(H-6)であった。
※嚮導機(きょうどうき=バス・ファインダー)
開発中のIFFセットM-13が小規模で使用された。約600組が生産されたという。
日本陸軍と海軍はIFFの周波数が異なっていることから、相互運用することはできなかった。
この目標の調査の過程で、対象は極東空軍の航空技術情報グループによって十分にカバーされていたことが確認され、また、技術連絡・調査部のチーフ・シグナル・オフィサーによって、重複を避けるために、航空機搭載レーダーに関する発見されたすべての情報はこれらの機関に利用可能とされ、これらの機関の参照された報告に含まれている。
この報告書は、上記のものを含む日本海軍航空機搭載レーダー装置の概略図とブロック図、および日本海軍航空機搭載レーダーの特性図で構成されている。
この主題の詳細および議論は、参照される報告書に記載されている。
電波高度計はNavTechJapでカバーされている。(Japanese Navigational Aids”, Index No. E-09)
別添の一覧
(A)3式空6号無線電信機4型(H-6) (Type 3 Air Mark 6 Model 4 Radio)、回路図およびブロック図
(B)4式空6号無線電信機3型(FM-1) ( Type 4 Air Mark  Model 3 Radio)、送信機と受信機の回路図とブロック図
(C)19試空1号無線電信機12型(FK-3) (Prototype 19 Air Mark 1 Model 12 Radio)、回路図、ブロック図
(D)FK-4 (大型機用哨戒索敵用Warning Radar for Large Aircraft))、回路図およびブロック図
(E)19試空1号電波探信儀11型(N-6) (Prototype 19 Air Mark 1 Model 11 Radar)、回路図およびブロック図
(F)18試空6号無線電信機2型(FD-1) (Prototype 18 Air Mark 6 Model 2 Radio)、ブロック図
(G)18試空6号無線電信機(FD-2) (Prototype 18 Air Mark 6 Model 1 Radio)、回路図およびブロック図
(H)5試味方識別装置1型 M-13 IFF(Prototype 5 Model 1 IFF)、回路図
(I)19試空2号電波探信儀11型(Tama-3) (Prototype 19 Air Mark 2 Model 11 Radar)、(玉3) 回路図
(J)5号電波探信儀1型(51号)試空3号電波探信儀30型(Prototype 19 Air Mark 3 Model 30 Radar )、ブロック図
(K)日本海軍搭載レーダー諸元
その他
(L)試製高度電波高度計1型(Prototype Model 1 Height Measuring Radar)(FH-1)
(M)2試空7号無線電信機2型(Prototype 2 Air Mark 7 Model 2 Radio)(FT-B)
(N)2試空7号無線電信機3型(Prototype 2 Air Mark 7 Model 3 Radio)(FT-C)

※兵器区分
航空機関係無線通信および電波兵器の名称は、以下のとおりである。
空一号 戦闘機又は単座機用電話機
空二号 二座機用電信機
空三号 三座機用電信機
空四号 大型機用電信機
空五号 飛行機で運搬可能な基地用電信機
空六号 航空機用電波探信儀
空七号 航空機用電波探知機
空八号 落下傘部隊用電信機
空九号 救難用電信機
空十号 飛行機から投下する電信機

日本海軍の陸上基地用レーダー
日本海軍の陸上基地用レーダーについては、一般的な議論が行われ、より重要な各機器の簡単な説明が記載されている。
別添(C)~(J)は典型的なものと見なすことができる装置のダイヤグラムである。
「陸上基地用レーダーの概要」別添(K)に示されるように、最初の日本海軍のレーダーの開発は、1942年後半に完成した。
探照灯制御レーダーは間違いなく押収された英国装備に基づいており、対空射撃管制(AA fire control)のモデルは捕獲されたアメリカのセットから設計されていた。
ドイツのデザインの直接コピーではないが、ドイツの技術者から貴重な助言や提案が得られたと言われている。
 
目次
概要
別添と図解の一覧
前書き
参考文献
レポート
第Ⅰ部 総論
第Ⅱ部 早期警戒レーダー
第Ⅲ部 水上見張レーダー(軍港および沿岸防御)
第Ⅳ部 探照灯管制レーダー
第Ⅴ部 対空射撃管制レーダー
第Ⅵ部 友軍機誘導レーダー
別添と図解の一覧
(A)面接者リスト
(B)ワシントン文書管理センターに送付された文書一覧
(C)1号電波探信儀4型(Radar Mark 1 Model 4)
(D)2式1号電波探信儀1型改1、2、3及び11-3改(Radar Type 1 Mark 1 Model 1 Modifications 2,3 and 11-3-kai)
(E)3式1号電波探信儀1型改1(Radar Type 3 Mark 1 Model 1 Modification 1)
(F)3式1号電波探信儀3型(Radar Type 3 Mark 1 Model 3)
(G)4号電波探信儀3型(Radar Mark 4 Model 3)
(H)2式1号電波探信儀2型改3(Radar Type 2 Mark 1 Model 2 Modification 3)
(I)4号電波探信儀1型(Radar Mark 4 Model 1)
(J)4号電波探信儀2型(Radar S 24)
(K)日本海軍の陸上基地用レーダーの概要
前書き
この報告書は、終戦時に使用されていた日本海軍の陸上基地用レーダーを対象としている。
実験用レーダー及び開発実用化レーダーは、NavTech Jap 報告書、 "日本の実験用レーダー"、索引番号E-12に記載されている。
この情報と結論は、日本の海軍士官及び技術者の尋問と、装置、設備、実験施設の検査に基づいている。
調査対象の場所:
佐世保海軍工廠
九州と本州各地の対空レーダー設備
横須賀海軍工廠
第2海軍技術研究所、神奈川
第2海軍技術研究所、東京目黒支所
海軍戦闘機指揮所、茅ケ崎
海軍電測学校(航空機)、藤沢
日本人インタビュー:
別添(A)に記載されている。
第Ⅰ部 総論
日本海軍の陸上基地用レーダーは5つのグループに分類される。:
a 対空早期警戒---------------------------------------------------------2-6メートル
b 水上見張-------------------------------------------------------------10cm
c 探照灯制御-----------------------------------------------------------1.5メートル
d 対空射撃管制 ------------------------------------------------------- 58cm?1.5メートル
e 友軍機誘導-----------------------------------------------------------60cm?2メートル
これらのレーダーはすべて明確な設計方式に従っていた。 装置は個別のユニットで構成され、通常は以下の機能で動作する。
信号同期装置(しばしば測距装置と組み合わされる)
表示装置
測距装置
受信機
変調器
送信機
アンテナ
ローブスイッチャー(必要な場合)
電源および電圧レギュレータ
これらの機器の大部分は、信号同期装置内の低周波発振器によって制御された固定パルス繰返し周波数で動作した。
この発振器は距離測定回路のタイムベースとしても機能し、周波数は音叉、水晶、または高QのLC回路によって成形された。
従来の波形形成回路は、線形、対数、および正弦波掃引を生成し表示装置で使用された。
データ表示技法は非常に高度なものは開発されなかった。 「A」スキャンを見張及び距離表示に使用した。
距離測定の正確さがより望ましい場合、拡大された正弦波掃引が用いられた。
ロービングアンテナを備えたシステムでは、光点調整法(ピップマッチング)が方位測定と高角測定の表示に使用された。
ローブ切り替えのないシステムでの最大感度法が使用された。
コニカルスキャン(等感度法)システムでは、移動スポットタイプ表示装置の変化によって方位と高角が示された。
陰極線管には、方位または高角の誤差を示すパターンが現れ、この誤差が補正されたとき、パターンは管面を中心とする単一のスポットとなる。
海軍の陸上基地用レーダーでは、「B」スキャンまたはPPI表示は使用されなかった。
距離用目盛(レンジマーク)は、 "A"スイープに等間隔の光点(ピップ)または単一の可変目盛として適用された。
同期発振器から操作された誘導性位相調整器は、可動距離用目盛が使用された測距装置のための時間遅延回路として利用された。
受信機は、2段または1段の中間周波部を備えた従来の設計であった。
使用中の中間周波数は200kcから21.5mcの範囲である。一般的には、帯域幅はパルス長の逆数に等しい。
これにより、50kcから400kcの帯域幅が得られる。
グリッド変調送信機は、一般的に、必要とされる変調器の出力が低いが、同期が容易であるという観点から好ましいものであった。
発振器は、平行線またはLC回路によって同調された1つから4つの送信用真空管、またはマイクロ波装置のためのマグネトロンであった。
アンテナ設計は高度な技術ではなかった。
これは、狭いビーム幅または高速探知アンテナを必要としないため、少なくとも部分的には採用された表示システムによるものであった。
YAGE配列(アレイ)は非常に普及していた。
特に、重さと組み立ての容易さが重要な要素だった場合には、重要な超短波早期警戒レーダーには大きなベッドスプリングアレーを使用した。
近年の設計や実験装置では、単一のアンテナと二重化システムを使用する傾向が顕著であるが、これらの装置のほとんどは送信と受信のための別々のアンテナが使用されていた。
ロービングは、接触型、誘電型、または誘導型スイッチングのいずれかによって達成され、特に、受信アンテナのみがローブされる場合には接触型スイッチングが好ましい。
友軍機誘導、航空機、および水上の方位測定は、終戦時においても開発段階にあり、NavTechJap報告書、「日本の実験用レーダー」索引番号No.E-12で扱われている。
使用方法は2つあり、M-13 IFFと連携して作動する1.5~2メートルのレーダーと60cmコニカルスキャン(等感度法)レーダーである。
日本のレーダー装置の優れた特徴の1つは、生産における精密な作業を必要とする設計の回避でした。
これは特にアンテナに当てはまりました。シンプルな設計により、訓練されていない労働者だけでなく現場での修理も容易にできた。
しかし、より高度な技術が開発されていれば、これは可能であったとは考えにくい。
日本人は理論的には現代のレーダー装置を製造する資格があったが、生産上の問題、適切な試験装置の欠如、および独創的な想像力の欠如は、1942年のアメリカの装置のレベルのままの結果となった。
より重要な各陸上基地用レーダー装備の簡単な説明